人生においてパチンコをやめる選択を取ることは始まり

人生においてパチンコをやめる選択を取ることは始まり

何かを得るということは何かを捨てるということ。人は24時間しかないからな。かなり限られている。さらに言えば労働や娯楽に使える時間も同じ。
でも人の成長の速度は年齢を増すごとに変化が生まれてくる。最初になるのが高校生から働く人、そして大学生になること。就職をして正社員になること。
もしくは無職になってしまうこと。人はこの資本主義社会の中で税金を収めなければらないし、生活をしていかなければならない。

 

 

 

そんな事を考えると本当にパチンコをしている人はあれでいいのだろうか?まさに中毒性がある。
かなりの危険であることの一つだと思っている。楽しむ程度にはもちろん否定しないけど、気がつかないところで人生を台無しにしている人が多い。

 

 

僕の大学の友人はパチンコをするまで成績優秀でいつも周りから人気があった。
でも彼がパチンコにはまってから人生が変わっていった。この話の序盤だけを聞いてプラスになったんだと思った人は恐らくいないだろう。

 

 

 

もちろんマイナスの方向に落ちていくことになる。

 

 

成績は落ちるし常にお金がないから友だちにお金をせびる。当然友だちはいなくなるし、学校も結果としてはやめていった。
今は何をしているのかわからない。でもパチンコだけのせいにするのはいけないと思う。趣味の一部になっている人とか、損切りできる人。

 

 

 

社員としてパチンコ屋で働いている人もいるし、存在自体をなくすのはどうかと思う。時間がかかると思うけど、ダメになる前にパチンコをやめたいならやめるべきだと私は思っている。

 

 

やりたいことがないからするのはもったいない。若い時代は今しかない。人生で一番わかいのは間違いなく今。家にとどまって世界を広めないこと非常に勿体無い。

 

 

僕もパチンコをしているときはお金の使い方を知らなった。給料日に速攻突っ込む。そしてなくなる。給料日が恋しくなる。そんな変なゾーンに入っていた。
4年間ぐらいかな。でもあることがきっかけでやめることができた。詳しくはこちら

 

 

なんでもいいけどやめるためのタイミングとかきっかけ作りが必要だ思うんですよね。何かこうパッとするもの、言葉にするんはむずいけど。でもやめたら本当にいい事が多い。

 

 

お金が貯まる。金銭感覚が通常になる。自分に対して投資を出来るようになる。お金に困ることがない。新しい趣味をすることができる。無駄な時間を過ごさない。

 

花火大会まっさかりだけど、浴衣って着付けが大変だよね。そんなにむずかしいわけじゃないんだけど、着崩れちゃうんだよね。だからしっかりと締めていかないとだめだし、その微調整が難しくて何度もやり直すんだ。で、浴衣が決まったと思っても、帯がこれがまた大変だなんだよね。

 

 

 

最近は3点セットの浴衣とか売ってて、ワンタッチ帯と草履のセットになっているものもあるから、それを使うけれど、
帯もしっくりこなくて、やり直していると今度は浴衣が崩れてきて、
そのうち汗をかきだして、これから出かけるっているのにまたシャワー入っとく?ってくらい浴衣を着るのは一苦労。
こういう時、着付け名人の母親とか誰かいたら違うのに…。

 

 

 

 

それでも今は簡単に浴衣が着られるようにって、着付けセットが販売されてて、それを使えば楽に着ることが出来るんだけど、それでもそんなに簡単には着れないんだよね。
体の補正から始まり、腰ひもを巻くところ、足の長さの調節。

 

 

 

 

これは大変。でもひとりで着られるようになった自分はまだすごいと思う。
それに、なんだかんだ1時間くらいは着付けに時間がとられるのと、もう暗くなってるから多少乱れててもわからないか、なんていう気持ちもどこかにあった。

 

 

 

でも今度、浴衣で電車に乗ることになって…。

 

ちょっと練習をしておかないと。

 

結論としてはパチンコをやめていこうって話かな。

 

 

 

パチンコをやめて私が最大によかったと思うことはこんなにも月に使えるお金があったんだという感覚。

 

月6万円をパチンコに負けてしまえば本来使えていたはずのお金を失ってしまったということ。

 

時間にして60時間を失ってしまっているんです。この感覚がすごく大事。恋愛も積極的に出来るようになるし、一切興味がなかったことにまで時間やお金を突っ込めるようになったのは成長できた証拠なのかな。